馬と出会う“最初の一歩”を、地域と未来の力に
茨城県・美浦トレーニングセンターから車で約10分。
緑に囲まれた静かな場所で活動を続けているのが、「美浦ホースクラブ」です。
ここは、いわゆる“乗馬を習うためのクラブ”ではありません。
馬に「乗る」前に、馬を知り、感じ、寄り添う。
そんな“馬の世界への入り口”を大切にしている、美浦村公認の地域クラブです。
「馬の世界への最初の一歩。そこだけ、サポートしてあげたい。」
そう語るのは、代表を務める阿部彩希さん。二人の娘を育てる母であり、筋金入りの“UMAJO”でもあります。
夫の孝紀さんは美浦トレセンで調教助手として活躍し、オーソリティやノッキングポイントを担当、イクイノックスの調教パートナーも務めた人物です。
クラブ誕生のきっかけは、ふとした疑問でした。
「トレセンのある村なのに、養老牧場も、観光牧場も、乗馬クラブもひとつもない。」
その違和感から始まった行動は、やがて人を動かし、地域を動かします。
最初はわずか2頭の馬から。
放課後デイサービスに通う子どもたちが馬と触れ合う姿を見ながら、阿部さんは考えました。
「養老牧場だけじゃない。福祉も、教育も、全部ひっくるめた“馬の居場所”がつくれないだろうか。」
その想いが形となり、美浦ホースクラブは誕生します。
現在は民間牧場を借り、週末の活動を継続。学校前にお手伝いに来てくれるメンバーも。
クラブの活動内容は実に多彩です。
サラブレッド4頭とポニー1頭が暮らす厩舎では、馬房掃除やカイバ作りといった日常の世話を体験。
隣接する畑では馬耕を行い、座学では馬の身体や仕事、競馬の裏側を学びます。
北村宏司騎手や現役厩務員、獣医師を招いた特別講義が行われることもあり、
“馬に関わる仕事のリアル”を肌で感じられる貴重な場となっています。
「子どもの頃に、ほんの少しでも馬と触れ合っていれば、
将来『何をしようかな』と考えたときに、
『そういえば、馬が好きだったな』と思い出してもらえるかもしれない。」
美浦ホースクラブは、そんな未来の“きっかけ”を大切にしています。
阿部さんを突き動かしているのは、何よりも馬への深い愛情です。
小学生の頃の乗馬体験をきっかけに馬の世界に魅了され、高校では馬術部へ。
卒業後はノーザンファーム天栄(旧・天栄ホースパーク)で勤務するなど、人生を通して馬と向き合ってきました。
「馬に生活を支えてもらってきた。だからこそ、
“何もしてあげられない”という状態は違うんじゃないかと思った。」
その想いは、“馬のためにできること”を探す原動力となります。
象徴的な存在が、ノッキングポイント。
阿部助手がデビューから手がけ、2023年新潟記念を制した馬です。
引退後、牧場主の厚意によって阿部家のもとへ戻ってきたこの馬は、
「現役時代を共にした馬と、引退後も同じ時間を過ごす」という、かけがえのない関係を体現しています。
美浦ホースクラブの挑戦は、ここで終わりません。
将来的には、より広い場所で農業・教育・福祉・観光が融合した牧場づくりを目指しています。
馬と共に農業を行い、観光で人が訪れ、フリースクールとして子どもたちが学ぶ。
そんな“馬を中心にした地域の循環”を描いています。
人口減少や人手不足に悩む馬産地・美浦村。
阿部さんは、馬を通じた地域振興こそが、未来への一つの答えだと信じています。
「馬とできることは、もっとたくさんある。
それが広がれば、引退馬の居場所も、きっと増えていく。」
馬のために。
人のために。
そして、地域のために。
美浦ホースクラブは今日も、
“馬と人のあいだに、やさしい入口をつくる”挑戦を続けています。